Mさん(仮名・43歳女性・兵庫県・総合病院看護師・離婚済・子1人)から届いた話。
マッチングアプリで知り合った『海外起業家』に250万円送金。実態は、典型的な国際ロマンス詐欺。相手の連絡は、送金から3週間で完全に途絶えた。
「子に渡すはずだった大学進学費用が、消えました」。取材中、Mさんは何度かこの言葉を繰り返した。
離婚から5年、夜勤と子育てを一人で
Mさんは5年前に離婚。13歳の息子と二人暮らし、兵庫県内の総合病院で看護師として勤務している。
夜勤も含むシフト制、月収は約35万円。子は中学2年生、再来年には高校受験を控えていた。
「離婚してから、誰かと付き合う気持ちは、ずっとなかったんです。仕事と子育てで、それどころじゃなかった。ただ、息子が中学に上がって少し落ち着いた頃、なんとなく、誰かと話したいな、と思うようになって」
マッチングアプリ登録、最初は様子見だった
2024年の春。Mさんは、無料のマッチングアプリに登録。最初の1か月は、いいねがついても返事をしない、様子見の期間だった。
2か月目、ひとりの男性のプロフィールが目に留まる。
40代男性、自称・海外で事業を展開する起業家、プロフィール写真は欧州風の街並みで撮影されたもの。自己紹介文には、「シングルマザーの方を尊敬しています」「子育てに頑張る女性の話を聞きたい」。
「『シングルマザーを尊敬する』という言葉に、まず反応しました。離婚して5年、そんなふうに言ってくれる人に、出会ったことがなかった」
LINE移行、毎日の長文メッセージ
1週間ほどアプリ内でやり取りした後、相手から「アプリの返信制限が窮屈」とLINEへの移行を提案された。
LINE移行後、相手のメッセージ頻度は、急激に増えた。朝の挨拶、昼休みの近況、夜の長文。毎日3〜4通、合計1,000字以上の文章が届く日もあった。
「離婚してから初めて、自分のことを毎日聞いてくれる人ができた感覚でした。仕事の愚痴、息子のこと、自分の将来の不安──全部、聞いてもらえた」
相手の文章は、丁寧で、押し付けがましさがなく、Mさんへの共感が中心だった。
『投資の話』が、初めて出た日
LINE移行から約2か月後。相手から、初めて投資の話題が出た。
「自分が海外で運用している案件があって、月利3%で安定している。Mさんの将来のために、紹介できる枠が空いている」
送られてきたのは、海外取引所のアプリのリンク。日本語UIあり、ロゴはどこかで見たことのある大手取引所に似ていた。
「投資の話が出た時、最初は警戒しました。ただ、相手の説明は丁寧で、強引さがなく、『嫌なら無視してくれていい』と何度も付け加えていた」
最初の30万円、24時間後に表示が増えていた
Mさんは、まず30万円を試してみることにした。アプリへの入金は、相手の指示通り、相手の指定口座(東京都内の個人名義)への振込。
24時間後、アプリ上のMさんの口座残高は、約30.9万円に増えていた。月利3%相当の動きだった。
「『本当に動いている』と確信しました。それで、相手からの提案『もっと大きく預ければ、もっと早く成果が出る』に、反応してしまった」
2回目250万円、息子の大学費用の積立
2024年の秋。Mさんは、2回目として220万円を追加送金。合計250万円。
この250万円の原資は、Mさんが息子の大学進学費用として、5年間積み立ててきた預金のほぼ全額だった。
「離婚してから、息子の大学費用だけは、絶対に確保すると決めていました。それを、3か月後に倍に増やせる、という言葉に、賭けてしまった」
送金後、相手からのLINEは、いつも通り続いた。「届きました、ありがとう」「Mさんのおかげで、未来が明るくなる」。そんな言葉が、毎日続いた。
2024年11月、LINEの既読が、止まる
2024年の11月初旬。Mさんが、海外取引所アプリで出金申請を試みた。「審査中」の表示が、24時間経っても変わらない。
相手のLINEに状況を相談すると、「審査は通常通り進んでいる、心配しないで」との返信。
1週間後、既読が止まった。さらに1週間後、相手のLINEアカウントが削除。マッチングアプリのプロフィールも、運営側の通報処理で凍結された。
息子に告白した日
Mさんは、息子に250万円の損失を告白。中学2年生の息子は、最初は黙って聞いていた。
「『大学行けないってこと?』って、聞かれました。私が答えに詰まったら、息子が『お母さん、いいよ、奨学金で行くから』と」
その瞬間、Mさんは初めて泣いたという。離婚した時も、相手の連絡が途絶えた時も、泣かなかった。息子のあの一言で、初めて感情が決壊した。
兵庫県警・国際ロマンス詐欺・回収困難
Mさんは、兵庫県警に被害届。生活経済課が対応、国際ロマンス詐欺の被害者リストに登録された。
担当の刑事から、最初に言われたのは、こうだった。
「相手が海外、送金経路が国内の代理人口座、被害者ご本人と犯人グループが直接会っていない──このパターンは、回収可能性が極めて低いです」
『同じ立場の人に、伝えたい』
取材中、Mさんが繰り返し言ったのは、こんな言葉だった。
「シングルマザーで、夜勤で、子育てを一人でやっていて、毎日が忙しくて、誰かと話す時間がない──そういう女性は、本当に多いと思うんです。私と同じ立場の女性に、『マッチングアプリで知り合った相手から投資の話が出たら、その瞬間に切る』──これだけは、伝えたい」
そして、もう一つ。
「『シングルマザーを尊敬する』という言葉に、私は本気で反応してしまった。あの言葉だけは、信じてしまった。同じような状況の方は、その言葉が出てきたら、むしろ警戒してください」
振り返り:3つの教訓
1. マッチングアプリで知り合った相手から投資・運用の話が出たら、その瞬間に関係を切る。アプリ内→LINE→海外取引所アプリへの誘導は、国際ロマンス詐欺の典型パターン。アプリ運営の保護が及ばなくなる時点で、被害の入り口が開く。
2. 個人名義の国内代理人口座への振込は、回収困難な海外詐欺の代表的な経路。送金前に、振込先口座が法人名義の運用業者かどうかを必ず確認する。
3. 『シングルマザーを尊敬する』『子育てに頑張る女性』など、属性への共感系の言葉が早期に出てくる場合は警戒。心理操作の典型的な入り口として、相手が事前に学習しているパターン。